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『あんにょんキムチ』のこと  松江哲明
 ぼくの家にはいつもキムチがあった。なぜなら、ぼくたちは日本に「帰化」しているが、韓国人の血を引く「在日コリアン」だからだ。家族は自家製キムチを食卓には欠かさず用意し、美味しそうに食べていた。
 しかし、ぼくはキムチが嫌いだった。あの匂いと唐辛子の辛さにはどうしても耐えられない。
  また、ぼくにとって韓国といえばキムチ。その為か自然と、韓国のイメージが田舎臭い、キムチ臭いといった「臭い」というものになった。はっきり言って、ぼくの韓国に対する印象は悪かった。そして、TVや新聞で「強制連行」「従軍慰安婦」といった言葉を見つける度に、理由もなく不安になった。だからこそ、自分の中で一方的に「韓国」を拒絶してきた。ぼくは、自分の体に流れる韓国の血を認めたくなかった。とりあえず、普通 に生活し、学校に通って、適当に勉強をしてテストを受ける。友達と遊んで、映画を見て、たまにバイトをして、何も問題は無かった。その頃は、「在日コリアン」という、難しそうで、面 倒臭そうなものは、意識しないように生きてきた。
  しかし、映画学校に入り、ぼくはやたらと人に「ぼくって在日コリアンなんスよ」などと言っていた。この学校ではそういった人間は興味を持たれ、話のネタにもなる。
自己紹介をするには、非常に便利だった。今まで人に言えなかった分、その反動が大きかったのかもしれない。そして、ドキュメンタリーを専攻し、卒業制作を始めるという時に、ぼくはこれまで避けてきた「在日コリアン」というネタを持ってきた。今、やらなければ、一生、撮れないと思った。避けてきた「在日コリアン」だからこそ、本当に好きになるまで、もしくは徹底的に嫌いになるまで付き合ってみようと思った。
 カメラを持つと、ぼくの周囲には、強制連行、従軍慰安婦、差別問題といった、かつてTVや本で見た「不幸な在日コリアン」はいなかった。ぼくが撮影したのは、御飯を食べることや毎日の生活に精一杯な、お調子者な愛すべき人たちだ。この、あっけらかんとした気持ち良さ、これがぼくにとっての「在日コリアン」だ。
 そして、ぼくは彼らからいっぱい元気をもらった。
 韓国で「アンニョン」という言葉に、「こんにちは」と「さようなら」の意味があることを知った。キムチが大嫌いなぼくにとっては、皮肉なタイトル「あんにょんキムチ」。
 この言葉はぼくにとって、今はまだ「こんにちは韓国」だが、いつかは「さようなら韓国」になるかもしれない。