監督

ウベルト・パゾリーニ Uberto Pasolini

ウベルト・パゾリーニ Uberto Pasolini

 1957年5月1日、イタリア・ローマ生まれ。本作が二作目の長編映画。08年に公開された第1作目の“Machan”(未)はヴェネチア国際映画祭、ブリュッセル国際映画祭、パーム・ビーチ国際映画祭など多数の国際映画祭で賞を獲得している。
83年に映画業界に入り、『キリング・フィールド』(85/ローランド・ジョフィ監督)で制作助手となる。94年、レッドウェーヴ・フィルムズを設立、ヴィンセント・ギャロ主演『パルーカヴィル』(アラン・タイラー監督)を手がける。つづいて『フル・モンティ』(97/ピーター・カッタネオ監督)を製作、国際的に二億五千万ドルもの収益を上げ、現在に至るまで最も成功したオリジナル題材のイギリス映画となった。『フル・モンティ』は数多くの賞を受賞、98年に英国アカデミー賞作品賞を受賞、アカデミー賞にもノミネートされている。
その他の製作作品として、『ベラミ 愛を弄ぶ男』(13/デクラン・ドネラン&ニック・オーメロッド監督)、「帽子を脱いだナポレオン」(未/アラン・テイラー監督)、『クローサー・ユー・ゲット』(00/アイリーン・リッチー監督)がある。
『Emma エマ』で女性初のアカデミー賞作曲賞を受賞し、本作の映画音楽も手がけているレイチェル・ポートマンは元妻、映画監督のルキノ・ヴィスコンティは大叔父。


ウベルト・パゾリーニ監督による
『おみおくりの作法』

映画の成り立ちについて

 『おみおくりの作法』は実在する人物や出来事に着想を得て生まれました。私はガーディアン紙に掲載されていた、親類縁者なく亡くなった人の葬儀を手配する仕事をしている人に関する記事を読み、そこに何か深く、普遍的なものを感じたのです。その記事は、ウェストミンスター地区で働いている役人のものでした。孤独死は高齢の方に限らず、西欧諸国にとって深刻な問題です。孤独死した人のお墓や、人気のない葬儀の事を考えると、心が痛みました。とても強烈なイメージです。孤独とは、死とは何か、そして地域社会の一員であるというのはどういうことなのか、多くの人々にとって近所づきあいがいかに薄れてしまっているかについて、考え始めました。近所どうしの絆を生み出そうとする小さな試みに参加しようと、初めて地元の集会に出たりもしました。

 地域社会との関わりがなくなっているという感覚は、現代社会に対するより深い考察へと導きました。社会の中で一人一人の命がどれだけ重んじられているのか。なぜこんなにたくさんの人たちが、忘れ去られ、孤独に死んでいくのか。私たちの社会の質は、最も弱い者に対して社会が置く価値によって測られると思います。死者以上に弱い存在があるでしょうか。私たちが死者をどう扱うか、それは私たちの社会が生者をどう扱うかの鏡なのです。社会の文明化を証明するためには、死者をいかに認識するかが最も大事なことだと強く感じました。

ジョン・メイはいかにして生まれたのか

 ロンドンの各地区にこういった民生係がひとりずついます。私はそのうちの30名ほどの方に会って、話を聞きました。6ヶ月に渡り、逝去者の家を見たり、葬儀や火葬にも参加しました。その人たちの中で、事務的にこの仕事を職務としてこなす人もいれば、亡くなった人のためにもっと時間をかける人もいました。

 私はこれらのアイディアを集めて、中年の地方公務員ジョン・メイの物語を作り出しました。ジョン・メイのキャラクターは、リサーチした人の中から2~3人を合わせたものです。彼の行動など、創造した部分はほとんどなく、劇中のカードや写真も現実のエピソードに基づいています。ジョン・メイが大切にアルバムに貼る写真は、実際に亡くなった方々のの写真を譲り受けて使用しました。
解雇されることになったジョン・メイの最後の仕事は、彼のアパートの真向いで孤独死したビリー・ストークの葬儀の手配です。この仕事を絶対うまく終わらせるのだと決意を固めたジョン・メイは、国中を旅して、故人の家族や友人を探します。その途上で彼は、ビリーと疎遠になっていた娘・ケリーに出会い、心を通わせ始めます。

製作だけでなく、監督も手がけた
『おみおくりの作法』

 私は6年ほど前に離婚しました。そして、誰もいない部屋へ帰る日々の中で、例えばスーパーで一言言葉を交わすだけの生活がどういうものなのか、ひとりで死ぬということがどういうことなのかと考えるようになりました。この作品を撮ろうと思い立つまで、私自身、隣人の名前すら知らなかったのです。そして、この物語、この主題へのこだわりは日増しに強まっていきました。そのため、製作、脚本だけでなく監督も自分で手掛けることにしたのです。今は隣人をみな知っており、この作品は私の人生をも変えました。
私はタイトル通り静かな映画を目指しました。私が視覚的に小津安二郎監督の晩年の作品を参考にしました。そこには日々の生活が静かに、しかし力強く描かれているのです。

 本作は、俳優とリハーサルする時間や、製作期間が非常に短かかったのですが、各キャストのセリフに、より感情を入れ込んでいきました。ありがたいことに、一緒に作業する俳優たちが賢かったので、脚本を書いていた時に私の頭の中で作りこんでいたような調子、抑揚、強調点を避けることができました。

エディ・マーサンとの仕事

 ジョン・メイを演じたエディ・マーサンは議論の余地なくイギリス最良の俳優のひとりです。その才能は、国際的に有名な監督たちによって認められています。私はエディを念頭に置いて、ジョン・メイを書きましたが、彼の寡黙な演技が、主人公の複雑な内面を引き出してくれると確信していました。ジョン・メイは自分が孤独であるとあからさまに表すことがありません。彼には、他の生き方があるということが分かっていないのです。私たちは、自分がある考え方を持っていると、他の人もそうだと思ってしまう傾向があります。孤独やさみしさを抱えている人は、自分の中の怖れを、周囲の人に投影してしまうのです。個人的な生活が空虚であっても、人生の他の領域、例えば仕事に満足を見出し、感情的には何の不満もない人もいます。ジョン・メイの生活は充実しています。彼が人生を捧げて来た、忘れられた人々の人生で満ちているのですから。私たちは、「静か」な人生を送りたいとは思わないかもしれませんが、彼が私たちと無縁だとは思わないことが重要です。もちろん彼の人生が開き始める時、私たちは大きな喜びを覚えます。新しい食事を試し、行ったことのない場所を訪れ、ふたりのホームレスと酒瓶をシェアする……。エディの技術と人間性が、ジョン・メイの人生を彩る行動、小さな変化に、真実味をもたらしてくれたのです。
私は、エディ・マーサンの演技を引き出せたことを最高に誇りに思います。誰もが、彼はとんでもない俳優だと知っていながら、彼が長編映画で主役を演じたことはこれまでなかった。それができたことが、私には嬉しいのです。

ジョアンヌ・フロガットについて

 ビリーの娘、ケリーを演じられる、傷つきやすさと楽観的な面、希望を兼ね備えた女優を探していました。“In our name”での彼女の素晴らしい演技で、ジョアンヌは強さと弱さを同時に示し、信じるに値するキャラクターを生み出していました。そして、彼女をキャスティングしたのです。彼女は見事に私の期待に応えてくれました。

 彼らとの仕事は本当に素晴らしかった。現場では何度も微調整が必要でしたが、それが可能だったのは、エディとジョアンヌがいい役者だったからです。あの忍耐力には脱帽しました!

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