Story

生かされるのか、殺されるのか。
ここにあるのは、ただひたすらに美しい貝の螺旋。

沖縄のとある小さな島。まるで貝のような小さな小屋が海岸近くにたたずんでいる。

海辺を歩く、ひとりの貝類学者。拾い上げた美しい貝を指でなぞる。
採集した貝を茹でて、中身を丁寧にピンセットでかき出していく。指先で何度も汚れを確認しながら、使い古した道具を器用に使って貝殻を磨く。しかし、その目線は美しい貝ではなく宙へ向けられている。盲目なのだ。

ラジオでは世界中で蔓延している奇病についてのニュースを報じている。手足の痺れから始まり、皮膚病変を伴い重症化すると死に至る。原因は不明で治療法も見つかっていないという。
ある日、山岡いづみという女が島に流れ着く。いづみの震える手には赤く痛々しい皮膚病変が見て取れた。
「こんなところにひとりで寂しくない?」といづみ。貝類学者は答える「孤独は、親密なものだよ」。
いづみの曲がった右手は、動かすこともままならないようだ。

ある日、貝類学者は新種のイモガイを見つけ、水槽に入れる。その夜、貝類学者が小屋に戻るといづみが倒れていた。イモガイを入れたはずの水槽がひっくり返っている。いづみの腕には貝に刺された跡があった。

どのくらい時間が経ったのか、いづみはこれまでにない夢を見ていた。はっと目を覚まし、シーツを握ると、右手の感覚が戻っている。手当たり次第にものに触り、声を上げる。「元に戻った…元の私に!」
かつて画家だったいづみは部屋の壁に巨大な絵画を描く。生のエネルギーが漲るいづみは、その夜、強引に貝類学者と身体を重ねる。

いづみは貝類学者に、もう一度貝に刺されたい、あの素晴らしいビジョンを体感したい、と懇願する。貝類学者は拒絶し、逃げるようにその場を立ち去る。「もうこれ以上私を巻き込まないでくれ!」。
翌日、いづみは島を後にした。

奇病を治療したという噂を聞きつけ、貝類学者のもとへ大勢の人々が押し寄せるようになる。その中にはいづみと同じ奇病に冒された娘・嶌子を助けたいと願う島の有力者・弓場の姿があった。
慈善団体に所属する息子・光も、久しぶりにやってきた。
「みなさんの奇病には、少なからず環境汚染が影響していると思われます」得意げに語る光。
美しい海の上空で、轟音を鳴らしながら航空機が行過ぎる。

人を死なせるほどの猛毒を持つイモガイ。この毒は本当に奇跡的な薬なのか。それとも毒に過ぎないのか。蔓延する奇病は、自然が人間に与えた警鐘なのか。そんな中、孤島近くの火山は静かに活発化していく……。

イモガイ

軟体動物門 腹足鋼
イモガイ属は貝類の中で種数において最大の属で、500種以上が含まれる。世界中の温暖な海域に分布するが特に太平洋の熱帯域で多様化が著しい。日本では、太平洋側では主に房総半島以南、日本海側では主に能登半島以南など、黒潮や対馬暖流などの暖流の影響の強い地域に見られる。本土では直接黒潮に接する千葉県や和歌山県、高知県などに多くの種が見られるが、南西諸島を抱える沖縄県や鹿児島県は種類が格段に増え、特に沖縄県では約110種を数える。肉食で、種類によってゴカイ、巻貝、魚などを食べ分ける。この「食べ分け」によって、限られた環境で多様化したと考えられる。歯舌が特化した神経毒の毒腺が付いた銛で他の動物を刺して麻痺させて餌とする。毒は種類によって異なるが、人が刺されて死亡する場合もある。和名のイモガイは殻の形がサトイモの芋に似ていることから。

貝類学

軟体動物学の一分野。貝類は甲殻類と並んで,海洋の底生無脊椎動物の中では とくに多様性に富む分類群であり、そのため,生態学のみならず進化学や古生物学, 発生生物学など幅広い分野の研究対象として扱われいる。各領域において研究が進められてきた生命現象をより深く理解するためにも有用な研究対象といえる。

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