父は憶えている

第96回アカデミー賞®国際長編映画賞キルギス代表、第15回アジア太平洋映画賞審査員グランプリ、第16回ユーラシア国際映画祭グランプリ、第35回東京国際映画祭コンペティション部門正式出品

父は帰ってきた。記憶と言葉を失ってー。

23年という失われた時間。キルギスの故郷の村は、もうすっかり変わってしまった。だがそこに、あの頃の懐かしい歌声が聴こえてきた・・・。

監督・脚本・主演:アクタン・アリム・クバト
              脚本:ダルミラ・チレブベルゲノワ 撮影:タラント・アキンベコフ 編集:エフゲニー・クロクマレンコ
              出演:ミルラン・アブディカリコフ、タアライカン・アバゾヴァ
              2022年/キルギス・日本・オランダ・フランス/カラー/1:1.85/105分/キルギス語・アラビア語・英語/英題:This is What I Remember 原題:Esimde ©Kyrgyzfilm, Oy Art, Bitters
              End, Volya Films, Mandra Films 配給:ビターズ・エンド

12/1(金)より、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー!

イントロダクション

第96回アカデミー賞®国際長編映画賞キルギス代表に選出!
フランス芸術文化勲章「シュヴァリエ」受章!
名匠アクタン・アリム・クバト監督最新作

監督は、中央アジア・キルギスを代表する名匠アクタン・アリム・クバト。その評価は、中央アジアのみならず、ヨーロッパでも非常に高く、2023年7月、フランス文化省より、芸術文化勲章「シュヴァリエ」を受章する快挙を成し遂げた。さらに本作は第96回アカデミー賞®国際長編映画賞キルギス代表に選出された。

かつて日本にもあった原風景のような人々の営みを、あたたかく時には苦く、見つめるアクタン・アリム・クバト。監督だけでなく、言葉を無くした主人公を、サイレント映画を彷彿とさせるおかしみとペーソスを交え演じている。母国のインターネットニュースで見つけた実話を基に紡いだ、伝統と文化を守ろうとする家族の姿はささやかな希望を灯す。

ストーリー

一枚の古いモノクロ写真、懐かしい歌声 思い出は再び甦るのか?

キルギスの村にひとりの男が帰ってきた。23年前にロシアに出稼ぎに行ったきり行方がわからなかったザールクだ。記憶と言葉を失ったその姿に家族や村人たちは動揺するも、そこに妻ウムスナイの姿はなかった。心配をよそに、ザールクは溢れる村のゴミを黙々と片付けるのであった。息子クバトは、父の記憶を呼び覚ますために家族のアルバムを見せる。その片隅にはザールクとウムスナイが映る古い写真があった・・・。

無邪気に慕ってくる孫、村人とのぎこちない交流、穏やかな村の暮らし。そんな中、村の権力者による圧力や、近代化の波にのまれ変わっていく故郷の姿が、否応なくザールクに迫ってくる。果たして、家族や故郷の思い出は甦るのだろうか?そんな時、家族を結びつける思い出の木の傍から懐かしい歌声が聴こえてくる・・・。

キルギスについて

遊牧民の国、キルギス

標高5000メートルを越える天山山脈のふもとに広がる雄大な山岳と草原の国キルギス。かつてシルクロードの一地点として栄え、遊牧民の国としても知られている。
近年、生活様式の変化や近代化に伴い経済的には豊かになってきたが、国内政治の不安定化やゴミなど、新たな問題も生まれている。また大国ロシアからの政治・経済的影響などがキルギスを大きく揺さぶっている。

国名 キルギス共和国Kyrgyz Republic
首都 ビシュケク Bishkek
人口 670万人(2023年:国連人口基金)
民族 キルギス系(73.8%)、ウズベク系(14.8%)、ロシア系(5.1%)、ドゥンガン系(1.1%)、ウイグル系(0.9%)、タジク系(0.9%)、その他タタール系、ウクライナ系など(2021年:キルギス共和国統計委員会)
言語 キルギス語が国語(ロシア語は公用語)
宗教 主としてイスラム教スンニ派
主要産業 農業・畜産業、鉱業(金採掘)

外務省発表 2023年5月現在

監督

監督・脚本・主演ザールク役アクタン・アリム・クバト Aktan Arym Kubat

監督のメッセージ

本作は人間の愚かさを描いています。記憶を失った主人公は、人間性の悲劇のメタファーです。彼はリトマス試験紙のような存在で、道徳の指標でもあります。若い家族の奔放な感情、プライド、女性に対する虐待、人々の間の憎しみ、イスラム教の過激化、汚職、大気汚染、大量のゴミで台無しにされた環境、このドラマチックな物語において、「愛」は理性を取り戻すための儚い希望のようなものです。
歴史的記憶や自らのルーツ、精神的価値観を失った人々が、この冷酷な世界で道徳が守られるかどうかについて語るひとつの試みなのです。

1957年3月26日、キルギス、キントゥー村生まれ。
ビシュケク美術専門学校を卒業後、 プロダクションデザイナーとしてキャリアを積み、90 年に短編ドキュメンタリー “A Dog Was Running” で監督デビューを果たす。その後、10歳の少年の大人の世界への目覚めを描いた中編 劇映画「ブランコ」 (93) が、第46回ロカルノ国際映画祭の短編映画部門で金豹賞(グランプリ)を受賞し、高い注目を集める。98年、長編 劇映画デビューとなる『あの娘と自転車に乗って』 が、 第51回ロカルノ 国際映画祭で銀豹賞 (準グランプリ)に輝き、ヴィエンナーレ 東京など数々の国際映画祭で受賞を重ねる。01年には「ブランコ」『あの娘と自転車に乗って』に続く、自身の少年時代を描いた3部作の最終章『旅立ちの汽笛』を発表する。その後、 9年の歳月をかけて完成させた、監督作にして初主演作『明りを灯す人』 (10) は、第63回カンヌ国際画祭監督週間に出品されたほか、ロカルノ、トロント、モントリオール、ヴェネチアほか数々の国際映画祭で上映され国内外から高い評価を受ける。また同作から、名前をロシア名の〈アブディカリコフ〉からキルギ ス名の〈アリム・クバト〉 に変える。『馬を放つ』(17)でも、メガホンを取る一方、熱い信念を秘めた男を熱演。第90回アカデミー賞®外国語映画賞キルギス代表に選ばれたほか、第67回ベルリン国際映画祭パノラマ部門アートシネマ連盟賞受賞 ベルギー MOOOV 映画祭2017最優秀作品賞受賞など受賞。第35回東京国際映画祭コンペティション部門でワールドプレミア上映された、5年ぶりの作品となる『父は憶えている』(22)も3度目となる監督兼主演作で、劇中一度も言葉を発しない記憶を失った主人公を、これまでにない静謐さで見事に演じている。この作品では映画監督としても活躍する息子のミルラン・アブディカリコフが主人公の息子役を実生活と同様に演じ、親子共演が実現し、本作も第96回アカデミー賞®国際長編映画賞キルギス代表に選出された。
2023年6月に開催された第25回上海国際映画祭では、審査委員長として、石川慶監督などアジアの映画人と共に「アジア新人部門」の審査にあたった。続いて7月にはこれまでの芸術・文化領域での傑出した貢献が認められ、フランス文化省より、フランス芸術文化勲章「シュヴァリエ」を受章した。
また、俳優として参加した、日本・カザフスタン・キルギス共同製作の映画『ちっちゃいサムライ』(23・佐野伸寿監督) では主人公に大自然の中で生きて行く術を教える孤高の猟師を演じている。

フィルモグラフィー

1990 「A Dog Was Running」(短編)
1992 「Where Is Your House, Snail?」(短編)
1993 「ブランコ」 (中編)
1995 「Beket」 (短編)
1996 「Beck-Terek」 (短編)
1997 「Assan-Oussen」(短編)
1998 『あの娘と自転車に乗って」
2001 『旅立ちの汽笛』
2010 『明りを灯す人』
2011 「Ray Dlya Mamy」
2017 『馬を放つ』
2022 『父は憶えている』

キャスト

クバト役ミルラン・アブディカリコフMirlan Abdykalykov

1982年6月3日、父アクタン・アリム・クバトと同じキントゥー村に生まれる。
父親のデビュー作「A Dog Was Running」(90)に出演する。父親の子供時代を描く「ブランコ」(93)と思春期を描く『あの娘と自転車に乗って』(98)、そして青春期を描いた『旅立ちの汽笛』(01)の三部作で主役を演じた。「ブランコ」から『旅立ちの汽笛』までに8年の月日が流れ、これら3作品を通してミルランの成長が映画の中で綴られた。その後、キルギス国立大学でジャーナリズムを学ぶ。2004 年以降、キルギスの映像制作スタジオBigimでチーフ助監督および共同監督として働いていたが、ロッテルダム国際映画祭などで上映された短編「Pencil Against Ants」(10)で監督デビュー。2015年に発表したキルギスの山岳地帯に暮らす遊牧民の家族を描いた「Sutak」で長編映画に進出、カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭やアジア太平洋映画賞などで多くの賞を受賞。最新監督作は「Jo Kuluk」(19)。そのほか、俳優としてもいくつかの作品に出演している。

ウムスナイ役タアライカン・アバゾヴァTaalaikan Abazova

女優として多くのキルギス映画に出演。アクタン・アリム・クバト監督の作品には『明りを灯す人』『馬を放つ』に続いての出演となる。出演した映画のサウンド・トラックCDにも参加している。

レビュー & コメント

  • 木々の葉が揺れ、愛する人の歌が流れる。そしてクバト監督は問いかける。心と魂の置き場所はどこなのか、と。息子夫婦と孫娘、元の妻、かつての友人たち。彼らの表情が、その在処を教えてくれる。

    長倉洋海(写真家)

  • 記憶を失おうと、時代が変わろうと、人間はそれぞれの地で根を張って生きる。人間の生の本質がスクリーンから滲みだし、最後まで惹きこまれました。

    石川直樹(写真家)

  • 世界の中心から忘れられたかのような、小さな国の小さな村で起こっていることは全世界で起こっているという寓話だ。
    美しい映像の乾いた空気、乾いた色、その中で唯一、人の営みがウェットな愛を育む。

    沼田元氣(写真家詩人/ポエムグラファー) 

  • 大いなる時の流れの中で人と人がただそこで生きている。そんな奇跡をもう一度確かめるために必要な映画だった。ところで、記憶を失った男はいったい何をトラックに拾い集めていたのだろうか。映画を観てからずっと考え続けている。 

    藤元明緒(映画作家)

  • キルギスの林に溶け込んでいくような感覚を覚える、限りなく静謐な美しい作品。飲酒しながらドライブする老人たちの歌、母親がささやくように歌う子守唄、そしてもう一つの歌。劇伴のない映画だからこそ、歌が一層胸に響く。

    ユザーン(タブラ奏者)

  • キルギスの風は何処かでアナタと旅をしている。記憶をどこかへ置いてきたのか。言葉を紡がず、大地のように静かな佇まい。見終わる頃には自問自答を私自身が自分にしていた。映画と重ねていきながら、あなた自身が蓋をしてしまった記憶に触れる。美しい音色と歌声が織りなす残像を拾い上げた欠片は、父の記憶なのか?ワタシ自身のなのか?

    サヘル・ローズ(俳優/タレント)

  • 口が利けない男を支えたのは、ゴミを拾うことだけではなく、何よりも「家族への愛」だったのだ。
    アクタン・アリム・クバトは、人間や土地、人々の価値観を破壊したソ連崩壊後の時代に強く抵抗している。 それはひるがえって、人間にとって最も重要な価値観がまだ存在していることを我々に確信させる。 丁寧に綴られ、美しく撮影され、ストイックに独自のリズムで語られる『父は憶えている』は、長く記憶に残る映画だ。

    第23回ゴーイースト映画祭(ドイツ)

(敬称略・順不同)

閉じる