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リリー・フランキー│インタビュー

触らないとわからない映画。

――独特の肌合いの映画ですね。

「こういう映画は必要ですよね。そもそも、製作者側の意図として、お話をもって感動してもらおうというものではなく、観る人が自分のなかに一回入れて、その断片を感じていくような映画。たとえば(漫画雑誌)『ガロ』の漫画も、何の話があるわけじゃないですけど、何か残っていくようなものがあるじゃないですか。監督は、その『ガロ』の漫画家になりたかったひとですから」

――まさに監督の前作は『ガロ』漫画原作でした。物語だけを追うわけではない視点、感覚が必要ですね。

「そういう意味でも主人公が盲目だということについては、感覚で見るしかない。(今回)いろんな盲目の人が出てくる映画をあらためて観てみたんです。アル・パチーノが盲目の役をやってる作品(『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』)では、登場人物の誰よりも見えている。「ダンスフロア、どんな形だ?」と甥っ子に訊いたあと、女の子をナンパして踊りまくるんですけど、それもあながち間違いではないんですね。実際に盲目の方に、歩き方から杖の使い方などを教わったんですけど、盲人の方の生活って、僕らが考えているほど不自由でも、特殊でもないようなんですよ。みんな、家族がいて、子供がいて、電車乗って移動していて。建物の屋上で杖の使い方を教わってたとき、そこには狭い入口一箇所しかなくて、少ししてから、どこから入ってきたかわかるんですか? と訊いたら、「右側から子供たちの部活の声がする、風はこっち側から吹いている、それが入って来たときわかるから、どっちが右か左か、方角も判断できる」そうなんですよ。でも、僕らも目から入る情報で同じように判断してるわけですもんね。雑な言い方になりますけど、僕らが思ってるより不自由ではないんだなと。(主人公の設定について)盲人なのに、結婚して、子供もいたのかって思うひともいるかもしれないけど、それは観るひとの先入観なんだということは知っておいてほしいですよね。どんなに障害があるひとでも、たったひとりで孤独に生きてるわけじゃない。この映画は最後まで観ると、主人公の目が見えていないということが、物語にさほど影響はないんですよ。こういう生活をしてて、家族や仕事の疎ましさから逃げてるひとはいるし、たとえ主人公に視力があっても、この役柄は変わらないと思うんです」

――人間というものを、またひとつ違うかたちであぶりだす寓意がありますね。

「いろんな人間の欲が描かれてますよね。この主人公も、すごく欲の強いひと。もう家族とか仕事とか社会とかは諦めてて、「研究に没頭したい」「ひとりで住みたい」と言いながら、水の世話はしてもらわないといけない。他の人間は長生きしたいから、病気を治してくれ、と。息子は息子で、自分のボランティアのために協力してくれと言う。いい絵が描きたいから、もう一回あの毒を射ってくれというひともいて。全員が、欲にまみれて生きている。そういう人間の欲と、それを淘汰していく自然の美しさ。そもそも、貝にだって生存本能という欲があるわけですからね」

――これは「触る」ということについての映画でもありますね。

「そうですね。触ってみないとわからない映画。監督の、頭のなかの、好きなものを映像化していて、観る側は映画を通してそれに触れる。こんなに監督の色が濃厚な映画もあんまりないんじゃないでしょうか。原作は風合いがまったく違いますし、インテリジェンスにあふれている。この映画は、良い意味でもっと人間くさいし、磯くさい」

――ではロケ場所も大きいですね。

「人物が映っているのに、これだけドン引きのシーンが多い映画も少ないですよね。もしかしたら、人物より実景が映ってる時間のほうが長いんじゃないですか。でも、そういう実景の美しさが強く出れば出るほど、人間の愚かさが際立つし、馬鹿らしさが映りやすかったんだと思います。とはいえ、その部分だけを掘り下げていくということもしない。純文学とエンターテインメントの違いはダーツにたとえるといちばんわかりやすいと言われたりします。エンターテインメントというのはダーツの真ん中の「ブル」に当てつづけること。純文学っていうのは真ん中のブルの周りにダーツを射しつづけることで真ん中をあぶり出すこと。世の中の人間を描いたもの、恋愛や家族を描いたものっていうのは、ダーツの真ん中を狙いがちですが、この作品はそこ(真ん中)に当てない。小説で言えば純文学。映画で言えばカルト映画です(笑)。とはいえ、物語を見るためだけに映画があるわけではないと思うし、だから、こういう映画もなきゃいけないと思うんです。わけがわからなくても、なぜか頭のなかにずーっと残ってる。そして、知らないうちに(劇中の)一言を思い出すような映画ですよね」

(インタビュアー:相田冬二)