◆監督インタビュー◆

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映画の原題になっている「Chantrapas(シャントラパ)」の意味は?

――フランス語から生まれたロシア語です。19世紀末、サンクトぺテルブルクの裕福な家庭では、子供にイタリア歌曲を習わせていました。当時、ロシアの知的階級はフランス語を話せたため、子供たちを「Chantra(“歌う”の未来形)子」と「Chantrapas(“歌わない”の未来形)子」と選別しました。やがて、「Chantrapas」は、共通語となり、「役立たず」や「除外された人」という意味になりました。母国では検閲を受け、フランスでは期待よりも低い評価しか得られなかったこの映画の主人公ニコのようにね。ヴィクトル・ユゴーやフリッツ・ラング、ルネ・クレール、オーソン・ウェルズ、アンドレイ・タルコフスキー、そしてアレクサンドル・アスコリドフやゲオルギー・シェンゲラーヤ――みんな、母国を離れざるをえず不慣れな水の中でどのように泳ぐのかも分からずに内側の傷を抱えている「Chantrapas」です。

これは自伝映画ですか?

――『落葉』や私のすべての短編が上映禁止になったとはいえ、私はいつもやりたいことを何とかやっていましたよ。でも1979年、私はグルジアを去らなければならなくなりました。『汽車はふたたび故郷へ』は、映画作家たちのポートレートです。あの当時、120人の映画作家が体制の中で働いていましたが、検閲に打ち勝てたと言えるのは、5本の指に収まるでしょうね――セルゲイ・パラジャーノフ、アンドレイ・タルコフスキー、ゲオルギー・シェンゲラーヤ、グリェーブ・パンフィロフ、アレクサンドル・アスコリドフ。でも検閲が本当に厳しかったとは言えないかもしれません。公開禁止処分にしたとしても、体制は映画作家を尊敬していたのだと思いますよ。上映禁止になる前に、映画を完成させてくれたのだからね。

この映画をどのように定義づけますか。

――これは、私たちの周りをとりまく障害にもかかわらず、自分自身に正直である必要性についての寓話です。そもそも、大失敗するに決まっている。すべての文学の歴史がそれを証明しています。ロミオとジュリエットも同じです。正直であろうとして死にました。これこそ、私が観客の皆さんと共有したいことです。すべてにあらがって、石になる喜びです。

俳優への演出について。

――撮影スタッフが現場に到着する時、俳優以外の我々全員がストーリーボードを持ってきます。職業俳優でない、素人の役者たちにはストーリーボードを渡さないので、リハーサルは、実際の撮影時間よりもはるかに長くなります。振付するみたいにね。セリフはそれほど重要じゃない、リズムが大切です。

だからクローズアップや切り返しショットを使わないのですか?

――登場人物を壊し、役者の個性に力を与えてしまうクローズアップは、絶対に使いません。クローズアップと切り返しショットは、恥ずべきものです。そういうシーンでは、あなたは目を閉じてセリフを聴くだけでよろしい。監督は、撮影前は作曲家だが、セットでは指揮者になる。芸術家の仕事で最も刺激的な点は、物質的抵抗を受けること。衣裳係が監督の指示を理解しなかったり、キャスティングで誤まったり、ロケ地が意図に反したり……。監督は、オーケストラの楽器の数と演奏者の技術に合わせて、構成を柔軟に変えなければならない。つまり、彼らを強制してはならないのです。だから私は有名な俳優との仕事を望まないのです。ミシェル・ピコリや、今回のピエール・エテックスやビュル・オジェは別だけどね。

ピエール・エテックスを起用した理由は?

――役者としても監督としても人間としても、彼のことが大好きだからさ。気取った人々と仕事はできません。アマチュアの役者たちとであれば、型どおりのことや、ひとつの現場から次の現場へと不注意に持ちこまれてしまう俳優の“癖”を避けることができるからね。