◆イントロダクション◆

写真

工場とともに消えゆく、労働者たちの思い出…。
笑顔も涙も“うた”にのせ
それでも懸命に生きてゆく――

――小さな日々の思い出から大きな歴史が浮かび上がる――

50年にわたり中国の基幹工場として栄えた、巨大国営工場「420工場」。2007年、その歴史に幕が降ろされる。それは3万人の労働者が失業し、その敷地内でくらした10万人の家族たちの“故郷”が失われることを意味する。終焉を迎える工場で、労働者たちは日々の思い出を語りだす――“仕事を教えてくれた班長との絆”“14年ぶりの涙の帰郷”“職探しの苦労”――彼らが語るのはありふれた日常の“喜怒哀楽”。しかし、そのささやかなエピソードの一つひとつが繋がるとき、背景にある壮大な歴史が次々に浮かび上がってくる――大躍進政策、文化大革命、大飢饉、ベトナム戦争、高度成長期の大量解雇――政治的な変動と呼吸を合わせるように移り変わる「420工場」。そして、そこで働く人々の生活。それは社会主義・中国がたどってきた激動の半世紀の歴史と重なり合う。繰り返される繁栄と衰退。目まぐるしく変化する価値観。体制に翻弄され沈む個性。意図せずとも大きな時代のうねりに巻き込まれてゆく、あまりにも残酷でドラマチックな現実。しかし、どんな時代であろうとも、どのような困難の中でも、喜びも悲しみも背負いながら、懸命に逞しく生きる彼らの姿は美しく眩しい。それは、見る者の心に静かで深い感動をいつまでも残すだろう。

――中国の若き巨匠が名もなき庶民の人生を照らし出す――

ヴェネチア国際映画祭でグランプリを受賞した『長江哀歌』のジャ・ジャンクーが、次なる舞台に選んだのは運命的にも震災直前の四川省・成都。機密機関であった国営工場が商業的な施設「二十四城」へと建て替えられる計画を知り、激変する工場と働く人々の記録を残すことを決意する。集団主義の中で埋没してしまった労働者たち100人に光をあて、丁寧に彼らの人生を引き出してゆく。そこで語られた心揺さぶられる実話を基に、さまざまな世代を繁栄する脚本を創作する。昔「職場の花」と謳われた中年女性を演じるのは、ハリウッドで女優、監督として活躍する才女ジョアン・チェン。壮絶な母と子の別離を語る初老の女性を、中国を代表するベテラン女優リュイ・リーピン。淡い初恋の思い出を語る中年男性にチェン・ジェンビン。キャリアウーマンとなり、輝かしい未来を予感させる若き女性を演じたのはジャ・ジャンクーの“ミューズ”チャオ・タオ。俳優たちは“語り”という難しい演技に果敢に挑戦し、見事に成功している。また驚くべきことに、これら4人の俳優以外は、全て実際に「420工場」で働き、暮らした人々が出演している。圧倒的な存在感の労働者たちの表情は肖像画のように慎重に切り取られ、朽ち果ててゆく工場の様子は静物画のように重厚に映し出される。美しくも悲しい、消えゆく風景は私たちの心に焼きつく。

――記憶に寄り添う“うた”たち――

中国で今なおカリスマ的な人気を誇る、山口百恵主演の大ヒットTVドラマ「赤い疑惑」の主題歌、イギリスの作家イェイツの詩、時代を切り取る流行歌、「三国志」の舞台となった古都・成都を詠う古典詩、勇ましく歌われる労働者の歌、伝統的な歌劇・・・人々の記憶に寄り添う“うた”たちは、映画に花を添え、哲学的な深みをもたらす。そして、登場人物たち一人ひとりが紡ぐ物語は、新たな“うた”となり、私たちの心に響きわたる。