監督

監督・脚本・撮影・編集 上田義彦

1957年生まれ、兵庫県出身。写真家、多摩美術大学教授。福田匡伸・有田泰而に師事。1982年に写真家として独立。以来、透徹した自身の美学のもと、さまざまな被写体に向き合う。ポートレート、静物、風景、建築、パフォーマンスなど、カテゴリーを超越した作品は国内外で高い評価を得る。またエディトリアルワークをきっかけに、広告写真やコマーシャルフィルムなどを数多く手がけ、東京ADC賞最高賞、ニューヨークADC賞、カンヌグラフィック銀賞はじめ、国内外の様々な賞を受賞。作家活動は独立当初から継続し、2018年までに34冊の写真集を刊行。代表的な写真集に、ネイティブアメリカンの聖なる森を捉えた『QUINAULT』(1993/京都書院→青幻舎)、前衛舞踏家・天児牛大のポートレイト集『AMAGATSU』(1995/光琳社出版)、自身の家族にカメラを向けた『at Home』(2006/リトル・モア)、屋久島の森に宿る生命の根源にフォーカスした『materia』(2012/求龍堂)、自身の30年を超える活動の集大成的写真集『A Life with Camera』(2015/羽鳥書店)、近著には、Quinault・屋久島・奈良春日大社の3つの原生林を撮り下ろした『FOREST 印象と記憶 1989-2017』、一枚の白い紙に落ちる光と影の記憶『68TH STREET』、『林檎の木』などがある。2011年、Gallery 916を主宰し、写真展企画、展示、写真集の出版をトータルでプロデュース。2014年には日本写真協会作家賞を受賞。同年より多摩美術大学グラフィックデザイン科教授として後進の育成にも力を注いでいる。

椿の庭のこと 上田義彦

あの日、僕が住んでいた家の近くの道をいつものように歩いていたら、見覚えの無い空き地に足が止まった。まわりを見渡しはっとした。

あの家が無い。穏やかな静寂に包まれていた古い家。優しい木漏れ陽を歩道に落としてくれていた大きな樹が跡かたも無く消えていた。目の前の空っぽのごろごろとした土くれに覆われた地面と、いくつかの切り株の跡をただ眺めていた。

そして想った。ここに暮らしていた唯の一度も、姿を見かけたことも、話したこともない人のことを。こんもりと繁った木々に隠れて静かに建っていた、小じんまりとして好感のもてた家のことを。

落ち着かない不思議な喪失感に占領されながら帰り道を急いだ。家に着き自然にペンを取った。庭では椿の花が木いっぱいに咲いていた。

15年前の春先。あの日この映画が始まった。